「カメラをもう一度」春季特別展 特設ページ vol.20

Home > 「カメラをもう一度」春季特別展 特設ページ vol.20

Vol.20 言葉ではなく表情で撮る


#井上孝治 #写真家を知る #写真史

 平成元年(1989)、沖縄県で大反響だった井上孝治の写真ですが、『大琉球写真帖』の編集者だった石川真生は井上の写真について次のようにコメントを寄せています。

当時は、他人に対して猜疑心を持ったり、疑ったりしていなくて、みんながお互いに近所の人みたいな親しみを持っていた時代だった。だから、井上さんの写真は、みんなニコニコして近寄ってくる、という雰囲気の写真ばかりでしょう。彼の場合、話しかけられないから、代わりにニコニコして写真を撮らせてもらっていたわけよね。あのひょうひょうとした人が、何か悪巧みを持って撮っているとは誰も考えないし、このおじさんは悪人じゃない、という気配があったんだと思う。[黒岩1999]

 「話しかけられない」とあるように、井上は聴覚障害のため耳が聞こず、言葉を発することができませんでした。ただ井上の表情はいつも「ニコニコ」だったそうです。それが、被写体の警戒心をとぎほぐしたようです。
 本展で紹介する井上の沖縄の写真にみえるこどもたちは、みんな笑顔でうつっています。そうした表情を、声をかけて引き出すのではなく、井上のニコニコした表情で引き出しているわけです。そういう撮影場面もふまえて井上の作品をみると、そのすごみをさらに感じられるのではないでしょうか。(文責:工藤 克洋)

《参考文献》
黒岩比佐子『音のない記憶』文芸春秋、1999年

前の記事 Vol.19へ  次の記事 Vol.21へ

投稿日:2024年4月12日