「カメラをもう一度」春季特別展 特設ページ vol.19

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Vol.19 地元に写真がない2―占領時下の沖縄の写真―


#井上孝治 #写真家を知る #写真史 #沖縄の写真

 井上孝治が撮影した昭和30年代の福岡の日常写真が、撮影から30年後に脚光を浴びる中で、その写真と同じ頃に発見されたのが、井上が昭和34年(1959)に撮影した沖縄の写真です。この写真も同時期に日の目をみることになりますが、その経緯を、いま一度、黒岩比佐子氏の著書『音のない記憶』(文芸春秋、1999年)によりつつみていくことにしましょう。
 昭和34年の沖縄は米軍占領下で、入島にはパスポートが必要だったそうです。1ヶ月程、沖縄に滞在し、各地の日常風景を撮影しました。井上自身は、沖縄で撮影した写真が気に入っていたようで、「沖縄旅行の想い出は深い。『沖縄』のテーマは力作、有望だと思う」とメモを残しています[黒岩1999]。
 ところが沖縄の写真は封印され、家族すらその存在を知りませんでした。Vol.18で紹介した福岡の写真が見つかった時(平成元年)に、沖縄の写真が見つかったようです。しかも、ちょうどその頃、沖縄で『大琉球写真帖』を作成中で、それを新聞で知った井上の子息が、写真帖を製作していた大琉球写真帖刊行委員会に井上の沖縄の写真を送ったことで脚光を浴びます。写真は同写真帖に掲載されたばかりか、沖縄で「井上孝治写真展」が開催され、多くの観客が訪れました。
 井上の写真展に多くの人が詰めかけたのには理由があります。戦地だったことや戦後の貧困により写真を撮っている人がいなかったため、見ることができないと思っていた昭和の沖縄の日常が、井上の写真により見返すことができたためです。写真展の観客は、自身がうつっているとして焼き増しを依頼し、井上はその依頼を快く引き受け、無償で提供したといいます。
 地元の人が残したくても残せなかった写真として井上の沖縄の写真を鑑賞してみてはいかがでしょうか。(文責:工藤 克洋)

《参考文献》
黒岩比佐子『音のない記憶』文芸春秋、1999年

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投稿日:2024年4月12日