「カメラをもう一度」春季特別展 特設ページ vol.18

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Vol.18 地元に日常の写真がない1―昭和30年代の福岡


#井上孝治 #写真家を知る #写真史 #福岡の写真

 本展では、井上孝治が、昭和30年代の福岡で撮った写真と昭和34年(1959)の沖縄で撮った写真を数点展示しています。福岡の往時や米軍占領時下の沖縄のことがとてもよくわかる写真ですが、実はこの写真が脚光を浴びるのは約30年を経た平成元年(1989)以降で、それまでは井上の自宅に眠っていました。ではどのような経緯でそれぞれの写真が脚光を浴びることになったのか、その詳細をまとめた黒岩比佐子氏の著書『音のない記憶』(文芸春秋、1999年)によりつつ、みていくことにしましょう。まずは昭和30年代の福岡の写真から。
 昭和63年(1988)、福岡県の老舗百貨店で岩田屋では「想い出の街」と銘打ったキャンペーンを企画し、そのビジュアルとして昭和30年代の福岡の街や人々の生活がわかる写真を使おうと、一般公募をしたようです。しかし、応募写真に企画のイメージにあうものはなく、福岡の新聞社やテレビ局で捜索するも報道写真ばかりでビジュアルの捜索は行き詰ってしまったようです。
 カメラが普及しているなかで、30年前の地元の姿を知りたいと思っても、事件などの特別な出来事ばかりで、意外と日常風景をとらえたものはなかったのです。困り果てた企画担当者が、たまたま知り合いのカメラマンであった井上一に相談したところ、一は父親である井上孝治が福岡の街を出歩き撮影していたのを思い出し、家でその写真を捜索します。すると、企画にあう昭和30年代の福岡の日常を捉えた写真がたくさん出てきました。それが本展でも一部紹介している井上孝治の昭和30年代の福岡の写真です。
 井上の写真を使い岩田屋がキャンペーンを行ったところ、反響はすごく、「懐かしい」、「その被写体は私だ」というような問い合わせが多く寄せられました。ちょうど「昭和」から「平成」に年号が変わったことも、井上の写真にノスタルジーを感じるポイントとなったようです。井上の撮った昭和30年代の福岡の日常写真は『想い出の街』という写真集にまとめられ刊行に至ります。
 昭和から平成へと時が切り替わる際に、多くの人が懐かしさを感じた作品です。残りにくい日常を撮る際の手本として観覧してみてはいかがでしょうか。(文責:工藤 克洋)

《参考文献》
黒岩比佐子『音のない記憶』文芸春秋、1999年

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投稿日:2024年6月12日