「カメラをもう一度」春季特別展 特設ページ vol.11

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Vol.11 授業をしながらこどもの学校生活を撮る


 こどもたちの学校生活がわかる写真といえば、スマホが普及する前は、卒業アルバム製作のため校内を歩き回るカメラマンが撮影したものを思い浮かべるのではないでしょうか。
 ですが、本展で紹介している熊谷元一の写真は、教師である熊谷が、昭和28年(1953)に授業をしつつ撮影したものの一部です。一年間撮りためた熊谷の写真は、昭和30年に『一年生』という写真集にまとめられました。
 この撮影にあたり熊谷はいろいろと注意を払ったようです。

いざ撮影になった時、子供たちはカメラを意識して不自然になるのではないかと心配したが、子供たちはありのままにふるまった。
メモを用意し、どの子も公平にカメラに納めるようにした。撮影の影響で授業がおろそかになるのを恐れ、細心の注意を払った。
[熊谷1992]

 授業優先は当然のことですが、不公平にならないよう誰もが写るように配慮するのは大変なことだと思います。そのうえ、自然な姿を撮りたいとなれば、相当難しい撮影だと思います。
 ただ、いくら注意を払ったとしても、現代であれば「授業中にこどもたちを撮影するなんてとんでもない」と、職務怠慢、プライバシーの観点から批判されそうです。ですが、『一年生』をみた人々の感想は、現代の感覚と異なっていました。
 『一年生』は、写真文化の向上を目標に設けられた第1回毎日写真賞を、木村伊兵衛、土門拳、林忠彦らのプロの写真家を押しのけて受賞しました。批判どころか高い評価を受けたのです。
 では、被写体であるこどもやその親たちはどうでしょうか。

本を見た子供たちはよろこび、両親はありのままの子供の姿に驚いた。40年経た今日もこの諸君と交流しているのはうれしい。[熊谷1992]

 こどもを簡単に撮れる現代と、こどもの姿を写真に残すことがそもそも難しい当時とでは、学校生活を送る我が子の姿がわかることのほうが驚きであり、嬉しかったのだと思われます。ただこの撮影は、こどもたちが熊谷を信頼していたからこそ可能だったのでしょう。被写体だった当時の1年生が、40代後半になっても熊谷と変わらぬ交流を続けていることはそのことを示しているように思います。
 本展で紹介している熊谷の写真は、当時のこどもたちの学校における生活がうかがえるとともに、こどもたちと濃密に接する先生ならではの視線で、こどものありのままの姿が引き出されています。先生になったつもりで鑑賞してみてはいかがでしょうか。(文責:工藤 克洋)

《参考文献》
熊谷元一「「一年生」の撮影」『JCII PHOTO SALON LIBRARY 13 熊谷元一作品展 一年生とその後』JCIIフォトサロン、1992年

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投稿日:2024年4月12日